mumu’s blog

映画で感情を乱しながらエッセイ書いています。

好きな人が優しかった

 

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中学1年生のときに転校生が来た。僕の地元は地方の山奥だった。クラスメイトも先輩もみんなだいたい知った顔でだいたいが田舎特有の家族ぐるみの付き合いをしている者同士だった。

そんな田舎の中学校に転校してきた男はいわゆる不良だった。前の学校でも、その前の学校でも何かをしでかして通えなくなったらしかった。田舎だからそんな噂はすぐに広まったし、誰が言い出したのかも分からなかったけど噂はどうやら本当のことらしかった。

その転校生は山川君といった。

山川君の家は母子家庭だった。お母さんは山川君を育てていなかった。もちろん制服を買い、学校に通わせ、人並みに部活をさせ、食べ物を与えてはくれていたから山川君は育ってはいたんだけど。山川君のうちは「家庭環境が悪い」っていうやつだった。同じ住所の同じ家に住んでいる母親という女を前に13歳の少年は、模範的に反発しぐれた不良少年だった。

洗濯をしてもらえない山川君は香水臭かった。香水の向こう側に野生の人間のにおいがした。それを隠すために香水をつける中学1年生の男を田舎者の僕は同級生として素直に受け入れた。田舎の中学校だったからクラス替えもなくて、だから当たり前に僕と山川君はずっと卒業するまで同じクラスだった。

月曜日、学校に行くと顔に傷をつくった山川君が「街で絡まれた」とか言ってくることがあったけど僕には関係のないことだったから深く聞かないことにした。また別の月曜日、山川君は学校に来なかった。火曜日になって登校してきた山川君は「ナイフで切られた」って制服のシャツを捲って腹を見せてきたことがあったけど、それも僕には関係のないことだった。電車で1時間かけて街へ行き、山川君がそこでどんな奴らとどんなことをしているかなんか分からなかったし、きっと山川君も僕にそのことを細かく知られたいなんて思っていなかったと思う。

僕が山川君と仲良くできたのは、山川君が笑うと嘘みたいに優しい顔になるからだった。あいつ、いい顔するんだよ。いい顔だったんだ、一緒に遊んで同じ野球部でふざけり女子の更衣室をのぞいたりして田舎の中学生らしいことをしてるときのあいつ。あいつもただの中学生の男子だった。

3年生のとき、山川君と体格のいい男子が教室で殴り合いの喧嘩をしたことあった。人が殴り合っているのを生で見るのはそれが初めてだった。どちらかがイスを投げて教室の窓ガラスが割れた。どっちが投げたかの判断ができないくらい僕は動揺したし、このままではどっちかが死んでしまうんじゃないかと思って咄嗟に喧嘩を止めに入った。顔面に一発くらいは喰らうかもしれないという覚悟で2人の間に入って2人の胸をはじき飛ばすように強く押した。「もうやめろよ」僕は恐怖のせいか妙に興奮して声が大きくなった。あれだけ暴れていた2人が僕には手を出さなかった。きつい言葉も浴びせてこなかった。山川君はそういうところがあった。根は情が深い良い奴だった。

 

山川君とは別々の高校へ進んだ。僕は高校を卒業して大学に進んで地元を出た。いつだったか、山川君は高校生のときに少年院に入っていたことを聞いた。田舎だからそういう話しはみんなに知れ渡っていた。もう僕は山川君にわざわざ会うことはないけど、山川君はどうやら僕たちが出会った僕の地元で力仕事をしながら家庭を持ち、子供を育てているらしい。子供を可愛がっているらしい。山川君はそういう大人になると、僕は思ってた。

 

 

そうやって思い出話しをしてくれた私の好きな人。好きな人が中学生の頃から人を見た目や噂で判断しない優しい人で嬉しかった。

好きな人が優しかった(PEACE!)ってモーニング娘。が脳内で歌って踊る。